剱岳山行

2006年9月8日(金)夜発〜9月IO日(日)
伊和

 ・エリア:北アルプス
 ・ルート:馬場島〜早月小屋〜剱岳(往復)
                *  * 。‘ *
 金曜日の夕方、一人で出発。50代最後の誕生日を記念に剱で過ごすためだ。本来は北鎌尾根を歩くつもりだったが、仕事で休みが取れなくなり、急遽剱に切り替えた。以前から早月から剱を登りたいとも思っていたこともあった。しかし、1年2ヶ月振りのぶっつけ本番で、本当に標高差2240メートルを登れるのか、また16キロとザックは軽いのだが担げるのか、さらには椎間板ヘルニアのリハビリ山行を兼ね、などと実は内心は不安で一杯だった。しかし、取り敢えず、行けるところまで行こうという考えだけで、午後5時に馬場島を目指して勇躍出発。
 高速は渋滞もなく順調に進む。途中二度の休憩を合わせて45分取ったが、それでも9時には立山インターを出た。馬場島には10時前に着いた。駐車場にはすでに7〜8台が止まっていた。急いで車中泊の準備をしてそのまま就寝。
 翌3時過ぎ、出発の準備をしているのか周りの騒音や人の声で一度起こされるが、早いので再度寝る。はや立ちの連中は日帰りのようだ。実際、途中で下山する彼らに会い少し話しをした。何度も来ている人たちだ。
 4時に起床。まだ薄暗いが、外灯があり、周りは明るい。59歳の誕生日を馬場島の駐車場の車中で迎えた。車外に出て、大きな伸びをする。50代最後の誕生日だと思い、両手を上げて大きく深呼吸する。予報では明日の天気が崩れるので今日中に登りたいと思っていたが、実際いけるかどうか分からない。まずは前日に買い込んだベーカリーの美味しいパンで簡単な食事を済ませ、5時10分、出発。
 スロー、スローと自分に言い聞かせながら一歩一歩登るが、言い聞かせる必要はなかった。脚が出ない(笑)。30分ほどすると腰が張ってきて、これはやばいと思い、立ったまま腰を伸ばしストレッチ、ゆっくり登っていく。しかし、どうも痺れそうなので1時間ほど経ったところで休むことにする。その後、1時間後ごとに休む。後から登ってきた人たちにどんどん抜かされていく。
 高度を上げていくと、視界も開け、小窓や三ノ窓らしきものが目に入る。しかし、とうとう10時前、左脚の大腿四頭筋が急に攣ってしまい、動けなくなった。歩きながら痙攣するというのは生まれてはじめての体験で、信じられず、頭が真っ白になった。取り敢えず、ザックを降ろし、ストレッチとマッサージを施す。すでに出発して5時間近い。今日中に剱を登るのは無理かもしれないと不安がよぎる。休んでいるうちに痙攣も治まり、恐る恐る出発する。
 それでも10時20分に何とか小屋に到着し長かった。バテ気味である。しかし急いでテントを張り小屋で手続きを済ませ、テントでごろりとなる。しかし暑くて休めず、外に出て、切り株に腰かけ、一息つく。剱に向かうかどうか悩む。ビールでも飲んで飲んでのんびりしろ、無理はするなと悪魔の声が聞こえてきた。汗をたっぷりかき、暑かったのでビールも旨いだろう、しかし明日は雨の予報だ。
 小屋に行き、天気のことを聞く。そばにいた、初老の人が、天気のことを考えると今日行ったほうがいいかもしれないと言うし、小屋の人も、2時までにいければ行ったほうがいいと言う。頭の中で3時間か、と考えながら行けるところまで行こうと気を取り直し、11時10分に出発する。ここからの荷物は5〜6キロである。空身のようなものだ。しかし疲れた体、トラブルを抱えた脚はすすまない。一歩一歩老人のように歩を進める。元気よく降りていく人たちとすれ違うたびに自分の体力の無さを思い知らされる。早い人は6時間で剱を往復するそうだ。それに比べたら情けないことこの上ない。
 2800メートル手前のコルで体んでいる時に下山する人にあったのが最期、それからは誰とも会わなかった。雲が厚く覆ってきている。風も強くなってきた。すでに腕時計は午後1時35分を指しでいる。しかし戻るわけには行かない。もうすぐだと言い聞かせ、念仏修行憎のように登り続ける。
 無人の岩肌がガスの中から突然現われた。遂に2時20分、頂上に到着。誰もいない頂上は風のみが乱舞していた。剱沢や立山方面がガスの切れ目から見えた。今度行きたいと思っている北方稜線も数分の間見ることができた。とにかく1日で2000メートル以上登ったのは初めての体験だった。よたよた歩きだが、何とかなるものだとも思った。大袈裟でなく誕生日に登頂できた喜びと、行く末を考え、思いを新たにした。明るいうちにテン場へ戻りたいので頂上には30分ほどで下山にかかる。
 思った以上に左足は疲れていて、痛みもあり下山でもなかなか進まない。途中、ヨツバシオガマ大文字草、エーデルワイス、チングルマの群生、その他名前の知らない花や思いだせないないお花を観賞しながら休み休み下山した。
 テン場に着いたのは5時20分、予想より早かった。でも3時間半もかかってしまった。しかし小屋はちょうど夕食の時間帯で、水もビールも販売は6時半まで中止とのこと。知らなかった。がっくり。試しに二、三度声をかけたが反応はない。諦め、僅かばかりの水でレトルトのカレーを温め、その湯でスープを溶き、行動食の残りのパンで夕食を済ます。初めから贅沢は考えていなかったが、なんとも惨めな誕生日のディナーになった。まるで自分を見るようだ。
 6時半、あたりは真っ暗だ。水とビールを買いに出かける。2缶買ったが、1缶しか飲めなかった。疲れていたのだ。既にいつでも寝られる態勢をとった。折角持ってきたのだからと、シュラフに入って酒魂を2勺ほど飲む。で、そのままコテンと寝てしまった。
 翌朝、5時20分に起きる。知らないうちに張ってあった2張りの住人も、小屋泊まりの人たちも、既に出発した後だ。静かな早月小屋だ。湯を沸かし、コーヒーを飲み、カップうどんで簡単に朝食をすます。6時半、出発、今日も一人旅だ。天気はよさそうだが、北西方面は厚い雲だ。風も出ている。
 左膝の外側靭帯が完全にいかれてしまい、亀より遅い歩みとなる。シップとテーピングでぐるぐる巻きにする。早朝、剱を登ってきた小屋泊まりやテント泊の人たちにも抜かれる。馬場島に着いたら12時25分だった。下山に6時間だ。それでも下山できたのだ。オイディプス王のように果てしない労苦の時を過ごしたが、私の場合は終わりがあった。幸いだ。堪えることを改めて学んだ。千里の道も一歩から、とはけだし名言である。
 途中から、10時過ぎころから雨が降ったり止んだりだったが、馬場島に着く頃は大雨になっていた。普通ならば雨に遭わずに済んだと思う。車に入り、汗のTシャツを脱ぎ、安堵感と疲労感と一緒に残りの1缶を飲み干す。旨い。一息つく。空腹に目が回る。ぐったりだ。15分ほど眠る。
 駐車場に隣接している馬場島山荘でお風呂に入り、ビールを我慢し、山菜蕎麦を食い、2時40分、剱には今度いつ来られるかなと思いつつ、馬場島に別れを告げる。小雨になっていた。後日、整体の先生に聞いたら、脚のトラブルは腰から来ているのだ、といわれた。実際、帰った翌日には殆ど痛みも無くなり、二日後には嘘のように元通りになっていた。厄介な脚であった。
 昨年は、大日岳に登れたし、今年も剱に登れてよかったと思った。いつまで山に拘われるか分からないが、これからは徐々に原点返りの山旅を楽しもうと思う。


(伊和)